地上にある手は月を求めた 空に浮かんだ月は光を求めた 手に入らないものすべてが恋しい 嗄れた声がきこえる もう戻れないあの日の 面影だけがやさしい 『cry for the moon』
もうすぐ夕日が沈む。 急ぎ足で帰路をすすむひとには、帰る場所と待つひとがあるのだろう。 当てもないヒュンケルは、ゆっくりと歩をすすめた。 今日はどこかの宿に泊まるか、適当に野宿でもするか。 ふと、すれ違うひとの声が耳に入った。 「お父さん、お母さん」 ヒュンケルは立ち止まって振りかえった。 そこには幼子とその両親と思われる男女の、おだやかな姿があった。 しあわせな家族、というのかもしれない。 「オトウサン、オカアサン、か・・・」 自分にとっての、家族。 普通ではなかった。 環境も種族も何もかも普通とは異なっていた。 しかし、ヒュンケルは知っていた。 鋭いキバやツメをもつモンスターたちが惜しむようにそっと自分に触れること。 冷たい骸のからだが自分に温もりをくれること。 満たされていた。 光の入らない地下の カビくさいせまい部屋で あたえられた無償の愛 それは永遠につづくのだと信じていられた。 いつか、それが無残に壊される、その日まで。 ヒュンケルにとって家族、とは 温かな思い出をさす。 道のわきに生えていた白いちいさな花。 ゆるく剣を振る。 斬られたはずの花はそのままそこに存在していた。 刃が生あるものを殺すのではない 刃をもつひとが生あるものを殺すのだ 鎧の魔剣を手にした自分はまだ狂気ではなかった。 まだ生かせた。 それを後悔しても意味はない。 仲間に赦され 贖罪のために剣をふるっても どこまでいっても罪はきえない もう戻れない 一瞬、温かな思い出が脳裏をかすめた。 頭を撫でる冷たい手。 嗄れた声がきこえる。 むけられた、惜しみのない愛は・・・ ヒュンケルはゆっくり目を閉じた。 祈るように。 父さん。父さん・・・ あなたの息子は深い闇に沈んでしまった もう、もどれないんだ・・・ 記憶のなかのやさしい笑顔は次第にうすれていく。 届かない手は、行き場をなくして空を仰いだ 孤独な旅人の手の中に月はおちてこない その頬を濡らした涙を、月だけが知っていた
ないものねだり、届かないものねだり