ルールは破るためにある





「ヒュンケル〜?生きてる〜?」


そういって、彼女が満面の笑みで現れるのにも、もう慣れた。
ここにいなかったら、一体彼女はどうするのだろう。あきらめて帰るのだろうか。それともずっと帰ってくるまで待っているのだろうか。
周りの迷惑すらかえりみない、彼女を、一体どうすればよいのだろう。
かといい、自分も、口がうまいわけでなく、彼女を言いくるめられる自信もないので、そのまま。
彼女が来るならそれでいいやと、黙認しているだけ、同罪なわけだが。


特大のため息で出迎えた俺に、彼女がまた笑った。



「今日はうそをつかずに、私の質問に答えてくれない?」


目の前には甘い香りのする焼きたて(だろう)クッキー。ハート型のそれを彼女は頬張る。
湯気のたった紅茶は、彼女の持ってきたアップルティー。
これならミルクも砂糖もなくても飲めそうでしょう。ここにそういうもの、おいているかどうかもわからなかったから。
相変わらず準備周到。きっと何日か前からここにくることは彼女の中で決まっていたことなのだろう。
周りにはもちろん、一言も、言っていないだろうけれど。


「急にどうしました?」


眉をひそめて、彼女に無言でいやだという意思表示をしているというのに、彼女はそれを気付いているのか。気付かないのか。
そのまま話は進められて、現在にいたる。






「ねぇ、ヒュンケルってたまにはポジティブに考えることって出来るの?」

「そんなにネガティブですか?」

「気付いていないの?恐ろしいほどネガティブだと思うけど」

「どういうことを考えればポジティブ・ネガティブという境界線が自分には理解しかねます。」

「ヒュンケルらしいわね。」






「ねぇ、ヒュンケルっていくつだっけ?」

「正確にはわからないのですがおそらくは21だと思いますが」

「へぇ。どうして正確じゃないの?」

「自分は大戦のなか捨てられていた孤児ですから。誕生日などそういう詳しいことまではわからないのです」

「そう。そういう事情」






「ねぇ、ヒュンケルってさ」

「まだ続くのですか、この質問は。」

「えぇ、山ほどあるわ。仕事が気になって手につかないのよ。何とか解消してもらわないと困るの」

「……そんなに気にする必要はないと思いますが」

「あら、私。ここにくるの、好きだし。あなたのこと、少しずつでも知りたいと思っているのよ?
 うれしく思いなさいよ。人付き合いの基本って、まずその人をよく知ることからはじまるでしょ?」

「それは」

「まずはあなたのことを私が知るわ。だから次はあなたの番ね。今まで人を知ろうとしたこと、一度でもあった?」

「少なくとも魔王軍にいたころは他人に興味を持った記憶はありませんね」

「今は他人にも興味を持ってもらわないと。困るのは自分よ」






「ねぇ、ヒュンケルってさ。誰かを好きになったことってあるの?」

「…は?」

「だから、そのまま。好きになったことってある?」

「……答えかねます」

「ブー。今日は本当のことだけを話さなきゃいけないのよ。私の質問に答えてもらわないと困るんだけど」

「………まぁ、そういうことも無きにしも非ず」

「オブラートに包むのね。一応あり、ということでオッケーね」











いつまで続くのやら。
彼女の目はいつもよりさらに輝いている。
まるで小さな子供だな。子供が新しいおもちゃを買ってもらったときにする顔だ。
いつになったらそれに飽きるのだろう。いつかは飽きるのだろうけれど、それは今ではないことくらいはわかっている。
質問はどんどんきわどくなっている。



いい加減やめてもらえないものだろうか。



「姫……」


「なぁに?あぁ、時間はまだ大丈夫だと思うわよ。仕事、ある程度終わらせてきてるから」


「そういう問題ではなく」





くすくすと彼女がおかしそうに笑った。
もう既に目の前にあるアップルティーは冷めてしまっている。湯気はたってはいない。
クッキーの甘い香りにめまいがしていたが、それももう、慣れてきた。
もう昼ですね。
暗にだから帰れよという意味合いを込めてそう言ったのだが、彼女は「パンを持ってきたから一緒に食べましょう」と、おもむろに出すものだから、もう、どうしようもない。
確かに目の前に置かれたパンは、美味しそうで、「ほら」とせかされてオレも渋々手を伸ばした。
彼女はティーカップに残ったものを飲み干して、にこりと笑ってみせた。そのうちアップルティーをもう1杯入れてくれと催促がくるはずだ。



何ももう、彼女のことを知る必要などないのではないか。
彼女はこんなにも口がうまく、こんなにも頭がいいということを自分はずっと前から知っているではないか。
逃げようにも逃げ道は見事に絶たれる。彼女がすべて先手を打っているものだから、対応しようにもしようがない。
さてこの状態からどうやって逃げればいいのだろうか。
彼女のことをよく知る自分には、もう、逃げ道がないように思えた。






ルールは破るためにある







これ以上答えにくい話をするのならば、適当にうそをついてしまえばいい
それで彼女が納得するとは到底思えないけれど。黙秘権くらい与えてくれと交渉してみよう。











こうやって一歩一歩分かりあっていけばよい。
















美夜さまから頂戴してしまいました、ヒュンケル&レオナのお話です!
実は私、すごくヒュンケルとレオナのコンビが好きなんです。
その形容しにくい関係というか、それでもそこはかとなくそこにあると思われる信頼関係というか。
美夜さまのお書きになったものから何か一つ!と選択の権利をいただき、すごく迷ったんですが、
やっぱりこのふたりの雰囲気にとても惹かれて、このお話を選ばせていただきました。
まず第一段階ですよね!お互いを知るということ。
ヒュンケルとレオナの立場からして、分かりあうということは難しいかもしれない。
でも、そんな立場とか関係とか無視して引き合う何かがこのふたりにはあるんやないかなー
という私の勝手な考えをまさに代弁してくださったような、素晴らしいお話です!
美夜さま、素敵なお話を本当にありがとうございました!
そして、お帰りなさいませ&またよろしくお願いします(^^)