(caution) この話には原作のセリフ等が引用されている部分があります。 原作とはなんの関係もありません。 02.White lie
冷たい石づくりの床にカツンカツンと靴音が反響する。 意識して消すことのないその音は、静まった城中に聞こえ 城主の帰還を部下たちに気づかせた。 荒涼とした地下の城の最奥。 かつて魔王ハドラーが主城としていた時とほとんど同じ勝手のままのそこは 玉座の間になっている。 壊れたままの扉をくぐって玉座の間へと足をふみ入れた主の姿を確認して、 執事のモルグはうやうやしく頭をさげた。 主である男は、鎖で肩からさげていた剣を横にたてかけると、 どかりと座についた。 「おかえりなさいませ、ヒュンケル様」 チリリンとひとつ鈴を鳴らしてモルグは言った。 「難攻不落といわれた砦を一夜のうちに落としてしまうとは・・・。 このモルグ、感服の至りでございます」 「あぁ。これでパプニカ攻略の準備は整った」 とくに何の感慨もなさそうにヒュンケルは片肘をついた。 「偵察の方はいかがでございましたか?」 「なかなか堅牢な城だ。兵士に覇気もある。 だが、俺たちにかかれば三日で堕ちる」 「三日で!?」 モルグは残った片目を見開いた。 「あぁ」 「あのパプニカをたった三日で・・・」 呆然とつぶやいたモルグはハッと気がついた。 「ヒュンケル様っ!お、お体から血が!!」 ヒュンケルの胸の辺りに鮮血が染みていた。 「すぐに手当てを・・・!!」 「いい。構うな。古傷が開いただけだ」 「し、しかし・・・」 ヒュンケルは傷口に手を置いた。 拳をつくって、握りしめる。 きつく、きつく、きつく。 憎しみをたぎらせるような 猛々しさを押し殺すような やり場のない怒りに対するもどかしさのような 主のその姿に モルグはただ言葉をなくした。 ふ、と力を抜いて腕をすとんと下に落とし ヒュンケルはまっすぐモルグ見た。 ほんの一瞬、目の奥に寂しさとも哀しさともとれる感情が滲んだ。 そしてすぐにまた何の感慨もみせなくなった。 「明日、パプニカに向け総攻撃をしかける。全軍に手配を」 「あっ・・・はい!」 「俺は、・・少し休む」 席を立ったヒュンケルを モルグは鈴の音とともに静かに見送った。 城の中の迷路のような道を抜け、 ヒュンケルは半ばガレキに埋もれかけた荒れた一室を訪れた。 ほこりにまみれた壁をざらざらとなぞる。 下の方に6本の手のがいこつ剣士の絵が描かれていた。 首から星形の首飾りをさげている。 勇者が来た、その日のまま時間がとまった部屋。 ヒュンケルは、壁に背をもたれ腰をおろした。 目を閉じると、 声が、 聞こえるような気がした。 「ヒュンケル。お前を、ヒュンケルと名づけよう・・・」 ―――――・・・・ 刃のきっさきがアバンの心臓をとらえていた。 剣を握りしめた自分の手は小さく、 あのときの夢だとすぐに気がついた。 刃のきっさきはアバンの心臓をとらえていた。 憎しみだけで突き動かされた体は勢いよくアバンに向かって突進していく。 あとほんのわずかでアバンの体を貫こうとしたその瞬間、 アバンの剣が自分の体を打ち払った。 アバンの剣は鞘におさまったままだったが、 自分の勢い分とアバンの攻撃の威力がカウンターによってもろに伝わり、 十分な殺傷力をもって大きく胸を抉った。 衝撃とともに弾き飛ばされた自分は川へと堕ちていく。 堕ちていく。 「アバ・・・ン・・・!!」 先程までは剣を握りしめていた手が気づくと アバンから受け取った卒業のあかしを握りしめていた。 握りしめて離さない手の強さはアバンへの憎しみの深さ。そして・・・ ごぼごぼと自分は沈んでいく。 深い暗い水底へ。 水面へ向かって伸ばした小さな手がだんだんと筋張った無骨な手に変わっていく。 辺りが真っ暗になる。 気がつくと自分は地底魔城の玉座に座っていた。 鈴の音を鳴らして、モルグが話し出す。 「たった今、悪魔の目玉からの報告があり、勇者アバンがハドラー様と戦い討ち死にしたと・・・!」 「なんだと!?」 声を荒げた自分に驚いたモルグが一瞬たじろいだ。 「ハドラー様もかなりの深手を負われての帰還だったご様子で・・・あっ、ヒュンケル様、どちらへ?!」 モルグの話も最後まで聞かず、無雑作に剣をつかんで立ち上がり足早に歩き出す。 「バーン様のところへ。俺が直接話を聞いてくる」 「はっ、お気をつけて・・・!」 つい先日の夢だな、とどこかでぼんやり思った。 「かつての勇者アバンも今となっては魔軍司令ハドラーに力及ばなかったようだ。 残念だったな、ヒュンケル」 長い階段と薄布をへだてて聞く大魔王バーンの声は楽しんでいるようだった。 「・・・・・・」 「それも仕方が無い。この世界は力こそが全てなのだからな」 バーンのすぐそばに仕えていたミストバーンの目がぎらりと光る。 「・・・その、アバンの使徒とやらは今どこに・・・?」 「ロモスに向かったようだ」 跪いたまま地についていた手を強く握る。 「バーン様・・・!私にアバンの使徒抹殺の命をお与えください」 布の向こうでバーンはニヤリと笑んだ。 「いいだろう。好きにするがいい」 「ありがとうございます」 それでは、と立ち上がりかけるのと同時に、 おおそうだ、とバーンが思い出したように言った。 「アバンの使徒はパプニカの王女との交友があるらしく、パプニカを目指しているようだ。 ロモスに侵攻するよりもパプニカで迎え撃った方が早いであろう」 「では・・・」 「引き続いてのパプニカ攻略、およびアバンの使徒の始末を任ずる」 「ははっ」 新たな憎しみの炎がゆれていた。 制御不能になりつつある自分の内部のなにかを アバンの使徒抹殺のために握りしめた剣がつなぎとめた。 ぐらりと空間がゆがむ。 吸い込まれるようにまた、暗闇の中を落ちていく。 鋭い太刀音が絶えることなく響いている。 誰かが、戦っている。 ここは・・・地底魔城。 だが、現在の、ではない。ここは・・・。 昼になったかのようにいっきにあたりが明るくなった。 激しく戦闘しているふたつの影が、はっきりと見える。 戦っているのは、 首から星形の首飾りをさげた、がいこつ剣士。 父さん!と無意識に叫んだ声は音になってはいなかった。 父が戦っていた相手は、 ・・・アバン。 ここは、アバンが魔王ハドラーを討ち取るために攻め込んできた、 あの日の、地底魔城。 幼い自分はたぶん今、狭い倉庫の中で父の帰りを待っている。 不安な想いで。 目の前の戦いは激しさを増した。 2人は、つばぜり合いを繰り返し、一進一退の攻防を続けた。 しかし、アバンの方の実力が父を上回っていることは、この目で見て確かだった。 徐々に父が圧されていき、ついに、6本目の剣が、地に落ちた。 アバンの刃が父の喉元をとらえる。 「情けは無用だ。早く、斬れ・・!」 観念したように、父が言った。 ここで、父は死んだのか・・・ 俺の姿が見えているはずもないアバンを、にらみ付ける。 アバンはゆっくり剣を振りかざし、そして、 鞘におさめた。 !!? 父も、同じ思いでいただろう。 アバンは父の首にかかっている星形の首飾りを指差した。 以前、俺がつくったものだ。 「あなたにも家族が・・・と、そう思ったら斬れなくなりました」 にこ、といつも俺に見せていた笑顔をみせて。 呆然とその光景を見ていた。 父はがっくりとうなだれた。 「さあ、門を開けてください」 倒さなければならないのはハドラーだけだ、とアバンは言った。 「ま、待ってください、勇者どの!恥をしのんで、お願い申す・・・!」 父さん・・・? 「実は、ワシには息子がおるのです。と言っても、本当の子どもではなく、 戦場で拾い、育てた、人間の子です。 戦禍の中で産み落とされた、憐れな子です」 ・・・・・ 「本当の息子のように今日まで育ててきたが、ワシはモンスター・・・。 あなたが今ここでワシを斬らずとも、ハドラー様が敗れ、その魔力が途切れれば、この身は朽ち果てる。 そうなったときにどうか、ワシの息子を、ヒュンケルを、引き取って面倒を見てやって欲しいのです。 そしてできることなら、本当の人間のぬくもりを教えてやって欲しい・・・! モンスターのワシには、できなかったことを・・・!!」 父の干上がった骨の体。 体中の水分はもうとうに消え失せていたが、そのとき確かに、 父は泣いていた。 まっすぐ、父を眺めていたアバンは強く頷いた。 「わかりました。必ず・・・!あなたの息子さんならきっと強く正しい戦士に成長しますよ」 また、にこりと笑って。 アバンは門を開き、魔王ハドラーの元へと走っていった。 父はその背を見つめていた。 「ヒュンケル・・・・」 ふいに、名を、呼ばれて、驚いた。 父は、幼い自分に向けて言ったのだとしても。 「ワシがいなくなっても・・・強く生きろ」 掠れた声。 いつもの、父の・・・。 父さん! 父さん!! 夢中で叫んだが声にならない。 声が、届かない。 ・・・・! ・・・・・・!! 父は、優しい笑みを浮かべていた。 ・・・・・・!!!! パンッとなにかがはじけた。 (ヒュンケル、どうか強く優しい戦士に) (アバンどのを決して恨むことなく、人間らしく、生きろ) (人間としてのお前の幸せを奪ってしまったこのワシを赦してくれ・・・) (お前に出会えて、ワシは幸せだった・・・・今までありがとう、ヒュンケル) (ありがとう・・・・最愛の息子よ) (どうか、幸せに・・・) ・・・・――――― うっすらとヒュンケルは目を覚ました。 あたりはガレキとほこりに埋もれた古い部屋だった。 夢か、幻か。 ふっ、と笑いがこみあげる。 胸にしまってあった、アバンから手渡された、卒業のあかし。 手にとって見てみると、淡い光を放っていた。 もうひとつ、アバンから与えられたもの、 胸の傷跡はいつの間にか血が止まっていた。 「アバンはもう、死んだんだ・・・」 誰に向けて言ったのでもない呟き。 すべての呪いやしがらみの終着地点。 そのために生きてきた。 そのあとを生きることなど考えていなかった。 「・・・これが、俺の正義だ・・・父さん」 バッとマントを翻し、ヒュンケルはその部屋を後にした。 カツンカツンと靴音が反響する。 玉座の間に仕えていたモルグは、主に、深深と頭をさげ、鈴を鳴らした。 「おはようございます、ヒュンケル様・・・お早いお目覚めですな」 「全軍、出陣の準備は整っているか?」 「はい。昨夜のうちに全て完了しております」 「全軍に告げ。今より、パプニカ侵攻を開始する!!」 「ははっ。どうか、ご武運を・・・」 モルグの鈴が、荒涼とした城に響き渡る。 それもいつか、部隊出陣の雑踏にのまれ、聞こえなくなった。 不死騎団長、ヒュンケルの目にはもう一塵の迷いもなかった。 そして、その3日後。 パプニカは、滅んだ。
真実。