(caution)
流血のシーンがあります。
苦手な方はご遠慮ください。


04.ケガレナイケモノ


陰惨な空がぐるぐるとうずをまいている。 どこまで行っても枯れてひびわれた大地が続く。 もとが何だったかもわからない赤黒い色をした正体不明な物体が あちこちにちらばってあちこちにしみついてあちこちにうずくまっていた。 立っているだけで平衡感覚をなくしていくようなこの魔界の中心で とがった大きな岩を背に座っている少年がひとり。 黒いようで茶色いようで緑のようでそのすべてを混ぜた色をした すりきれたぼろきれのマントをかぶって 身動きひとつしずに静かに眠っていた。 ぐるると鳴き声とも腹の虫ともつかない音があたりに響く。 大きな目を血走らせて現れた魔界のモンスター。 見るからににぶそうな巨体をひきずって、 見た目に似合わず冴えた五感を研ぎ澄ましていた。 飢えたまもの 狩りのじかん 食べるか食べられるか モンスターの数十メートル先に少年はいた。 一見周りの風景と見分けがつかない少年の 微かな血のにおいを モンスターは嗅ぎつけた。 一瞬の間がある。 モンスターが獲物を完全にとらえるまでの。 次の一瞬 巨体が一足飛びで少年の前に迫り 鋭いツメを 突き立てた。 ずぶ、とにぶい音がした。 ぐらりと巨体がゆらぎ 大げさな音をたてて地面につっぷした。 あたりに砂埃が舞う。 倒れたモンスターから どくどくとふかみどりの血液があふれ出した。 砂埃の届かない位置に ぼろきれのマントをかぶった少年は立っていた。 少年は目を閉じたまま舌打ちした。 「また、殺された」 声変わりの途中にあるしわがれた声で低くつぶやく。 少年が今まぶたの裏で戦っていたのは、巨大な魔族のモンスターではなかった。 少年が恨み憎しみこだわり続ける相手。 「アバンめ・・・・っ」 少年のまぶたの裏の男は あの日少年に報復を与えた一撃と同じ速さと威力をもって 少年のまぶたの裏の少年を斬りつけた。 まぶたの裏の少年は、斬り殺された。 少年は目を開けた。 砂埃がおさまった眼前には 少年が斬り捨てたモンスターのおびただしい血が広がっていた。 死んだ大地は液体の浸入を拒む。 しみこまないふかみどりの液体がそのまま残り 粘着性のあるかたまりになって地面にこびりついた。 こうして魔界の大地に赤黒いしみが増えていく。 何も珍しいことではない。 少年もすぐに興味をなくして くるりと向きをかえ歩き出した。 どこまで行ってもなにかが変わるわけでもなく 魔界の世界は続いていく。 太陽のないこの世界に地上と同じ生物は到底生息できない。 傷つき疲弊した体も限界を超え 痛みや疲労を感じなくなったままで 少年はあてもなく歩いた。 求めるものを得るために。 突然。 少年の眼前に ぴかっと稲妻が走る。 直後に爆音が響いて 激しい振動が少年の体の内部にまで伝わった。 かみなり。 魔界では極めて珍しい光をもたらす自然現象。 少年は歩くのをやめて空を眺めた。 紫色をした稲妻が命のある生物のように びしびしと黒い雲の中をいびつに動き回っている。 まるで龍のようだ、と少年は思った。 今度は2度ピカっピカっと光って、 すぐあとにまた轟音が鳴り響いた。 暗黒に侵された魔界のものたちが 太陽を求めるように 闇とともに歩んできた少年もまた 光に焦がれていた。 すぐそばに落ちたかみなりに恐怖を感じることもなく 雷光に見入っていた少年の背後に 先程殺したはずの巨大なモンスターが いきりたって襲い掛かってきた。 ずずず、と響いたのはかみなりの音。 モンスターは音もなく崩れ落ち、絶命した。 一連の動作に音はなかった。 目で追うことができるものがこの魔界でさえどれほどいるかという疾い一撃。 モンスターは自分が死んだことを理解する前に 先刻少年がきざみつけた傷跡の痛みから解放されただろう。 一瞬の激しい動きで少年が頭までかぶっていた ぼろぼろのマントがはだけた。 銀色の髪に 白い肌をした 人間の子 光に焦がれていながら 魔界においてその存在は 美しいほどの光をもっていた。 魔界とはあまりに不釣合いの 異質な存在 その凄艶さが魔界に住まうものさえ 畏怖させた 「まだ、重い・・・」 少年はひとりつぶやいた。 まぶたの裏のあの男には敵わない。 誰かに剣を振るうたびあの男の影と対峙して 数え切れないほどの相手を斬ったが 未だにあの影に勝利したことはない。 もっと、疾く。もっと、軽い剣を もっと、力を 力に 飢えたけもの 狩りのじかん 殺すか殺されるか 少年はゆっくり目を開け そしてまた魔界の大地を歩き出した。
純粋ゆえに狂気