「逃げたい」







『手と涙』


ヒュンケルはその場に立ちつくして目の前の少女の言葉を聞いた。 「私を逃がして、ヒュンケル」 表情や態度はいつもの強気のまま。 違っていたのはその言葉。 気丈な彼女の口から放たれるとは 彼女を知る誰もが思うはずのない言葉。 「誰から・・?」 「全てから」 強く視線が絡む。 この目には見覚えがあると、ヒュンケルは思った。 「分かりました、姫」 裁かれるはずの自分を許した あの時と同じ 強い眼差し 華奢なその手を握る。 2人は走り出した。 「逃げ出す前に一つだけ。行きたいところがあるの」 波の音。 ダイが帰ってくるときの目印。 「ほんと、これじゃあまるでお墓よねー」 ダイの剣の前に供えられたまだ新しい花束をレオナは手に取った。 「どうしてもここには来たかったのよ」 そう言って、その場に座り込む。 「逃げるってことは残していくものを捨てるってことなのに  まだこだわってしまうのね」 「本当に私を全てから逃がしてくれるの、ヒュンケル」 「難しいことですね」 「・・・そうね」 「それでも姫の頼みなら聞かないわけにはいかない」 ふ、とレオナは笑った。 「いま私の隣にいてくれるのがヒュンケルでよかったわ」 小さくかけ声を上げてレオナが立ち上がる。 「これからどこまで行きますか」 差し出されたヒュンケルの手をとり、歩き出しながらレオナが言う。 「行き先なんて決まってないわ」 「行けるところまで」 握り締めていた花束だけそこに残して。
誰よりも互いの気持ちを分かり、想える、ふたり。