不器用な者同士
不器用なやり方で



『うちに帰ろう』


ベンガーナの城下町。 商業都市としても栄えるこの街は、 物資を買い求める人たちで昼夜にぎわっている。 ベンガーナの一番大きな通りを、 中身がつまった紙袋を両手で抱えるようにしてポップは歩いていた。 「重てぇ・・・。早く終わらせねぇと、ヤバイなこれ」 あきらかに重量のある紙袋を片手に抱えなおして、 ポケットからがさがさとメモを取り出す。 殴り書きのような汚い字で、日用品やら雑貨やら食品やら 様々なものの名前が書かれていた。 そのほぼ全てがポップが抱えている紙袋の中にすでにおさまっている。 残りはあとひとつ。一番下に、一番大きく書かれていた。 「・・・・酒、か」 はぁ、とためいきをもらして、ポップは酒屋を目指して歩き出した。 酒屋の前につくと、見覚えのある背中が酒瓶を購入している。 くるりと振り向いた顔は、思っていたとおり。 「おい、ノヴァ」 名前を呼ばれたノヴァもポップに気づいて歩み寄った。 「なんだ、きみか。こんなところで何をしてるんだい?」 「師匠に頼まれてよ。見ての通り、買い出しだよ。お前の方こそ・・・」 ノヴァが持っているものにちらりと目をやる。 酒瓶が数本。それもなかなか上質な酒のようだ。 「ロン・ベルクの使いっぱしりか?」 「いや、今日は違うんだ。これは・・・僕の父さんにあげようと思ってね」 「ふーん。お前の親父さん、酒好きだったっけ?」 「そういうわけでもないんだけど。今日は父の日だから、特別さ。 先生が一番の親孝行は親に顔を見せて一緒に酒を呑むことだって言うから」 「そっか、今日・・・父の日か」 ふと周りを見回すと、そう言われてみればいつもよりも街中に家族づれが多い気がする。 いつもより人々が幸せそうな顔をしているような気も。 「きみは、何かしないのか?きみのお父さんに」 「俺?俺はなぁ・・・。家に帰ってもどやされるのがオチだし、何しても喜ばねぇだろうからな。俺の親父は」 「そんなことはないよ。どんな親だって、自分の子どもの顔を見られるのは嬉しいものさ。 何もしなくたって顔くらい見せてあげたらどうだい?」 「・・・ま、考えとくよ。ありがとな。じゃあ、俺まだ買い物の続きあるから」 「ああ、それじゃあ」 去っていくノヴァの背中を見送り、ポップはがしがしと頭をかいた。 「父の日、ねぇ・・・まぁ、いいか」 マトリフからのメモを握りしめ、酒屋の奥へと進む。 「買ってきたぜぇ〜・・・師匠」 紙袋の中身の重さにさらに酒瓶が加わって、ポップの腕は限界ぎりぎりだった。 マトリフの住む洞穴前までルーラで飛び、中に入るなりテーブルの上に 荷物をどさどさと置いて、その場に倒れこんだ。 「おう、ごくろうだったな」 ベッドで寝そべったままマトリフはのんびり本を読んでいた。 「一度に大量に買いすぎだぜ、ったくよー。こういう力仕事はどこぞの戦士にでも頼めってんだ」 「たまには身体動かさねぇとなまっちまうだろうと思って、俺が気を遣ってやったんだろうが。感謝しろよ」 「へいへい、ありがとうございますーマトリフ師匠さま」 「ふん」 ポップはごろんと寝転がって天井を眺めた。 「なぁ、師匠」 「なんだ」 「師匠だったら、父の日に何がほしい?」 「そういえばそんな日があったなぁ。俺にゃあ無関係な話だ」 「たとえばでいいんだよ。息子がいたとしてさ」 「そうだな・・・・俺には親心なんてもんは分からんが」 マトリフは読んでいた本をベッドのわきに置いた。 「別に何もいらねぇだろうな。息子が来て一緒に酒でも呑めればそれでいいんじゃねぇか」 「・・・・・・ロン・ベルクも同じこと言ってたらしいぜ」 「そうか」 がはは、とマトリフが笑い出した。 「実の子どものいない俺たちだからこそそう思うのかもしれねぇなぁ。かなわねぇ夢、だからよ」 「師匠・・・・」 ポップは起き上がってマトリフのそばに立った。 「師匠、俺が一緒に酒呑んでやるよ」 「ああん?何言ってやがる」 「いや、だからさ。今日は父の日だし」 「お前は俺の息子じゃないし、俺はお前の親父じゃねぇ」 「まぁ、そうだけどよ・・・お互い代理ってことでいいじゃねぇか」 「代理もなにも、お前には本当の親父がいるだろうが。そっちに行ってこい」 「ほんっと、素直じゃねぇなぁ!」 「うるせぇ」 傍から見ればむしろ親子喧嘩ともとれるようなやりとりの後、 一呼吸置いて、ポップはマトリフをじっと見つめた。 「まぁ、いいさ。今日じゃなくたって。いつでも付き合うからさ。呼んでくれよな」 「けっ」 悪態をついたマトリフに、やっぱり素直じゃねぇなぁと肩をすくめて、 ポップはくるりと踵を返す。 「待て、ポップ」 マトリフは起き上がってテーブルに置かれた酒瓶を取ると、 振り返ったポップに向かって投げた。 「忘れもんだ。持ってけ」 ニヤリ、と笑ったマトリフに、 ニヤリ、とポップは笑い返した。 「・・・・ありがとよ、師匠」 ルーラの光が目指した先はランカークス村。 オンボロ(ポップ談)武器屋前。 夕飯時で、村の中にはほとんど人影がない。 すでに店も閉店しているようだった。 玄関の前で立ち止まり、深呼吸して、ポップは家の中へと入っていった。 「ただいま」 「あら・・・!ポップ、お帰り」 母スティーヌが笑顔で息子を迎え入れた。 「あなた、ポップですよ」 「・・・・・ああ」 父ジャンクは腕を組み、不機嫌そうな顔をして 食卓に座っていた。 「ちょうどご飯にするところだったの。ポップも、座って」 ポップはにらめつけるようにジャンクを見た。 (こういう風になるってことくらい分かってたんだよな) 「・・・・・・・」 お互いに無言のまま見つめ合っていた。 が、ポップはその重い空気をとりはらうかのようにずんずんと前へ出た。 ジャンクの前に、どん、とマトリフからもらってきた酒瓶を立てる。 「・・・・・?」 状況がよく分からない、という表情をした父を無視して、 すたすたと歩いていき、グラスをふたつ手にとり戻る。 ジャンクの前にひとつのグラスを置き、 向かい側の席にもうひとつのグラスを置いた。 その向かい側の席に腰かける。 「おい、何を・・・」 ジャンクが言いかけたのと同時に勢いよく酒瓶の栓が開く。 コポコポと音をたててジャンクのグラスに酒がそそがれる。 なみなみとグラスを酒で満たして、次は自分のグラスに手をかける。 同じようにコポコポとグラスに酒がつがれていく様子を ジャンクは黙って見ていた。 ふたつのグラスに酒が満ちた。 ポップは深く息をおとして、ジャンクの目をじっと見た。 「・・・・・・」 しばらくの沈黙。 時間がとまったような静寂を裂いたのは、ジャンクの豪快な笑い声だった。 「ちったぁ、粋な男になったじゃねぇか」 「・・・・あぁ」
これなやりとりがきっと 自分たちらしい。